季語のたのしみ④ 鳥雲に

鳥雲に入る/鳥雲に(仲春)

秋に渡ってきた鳥は、春の訪れとともにまたシベリヤなどの北方に帰っていく。その群れが遥かな雲のなかに悠然と消えてゆく様子を表した季語。春の大空を悠々とわたってゆくその姿は美しく、趣深い。「鳥雲に」と略して使われることもある。

初学のころ、「トリクモニ」という季語の響きに、またその季語の持つ情趣に痛く感銘を受け、俳句の世界の奥深さに感じ入ったものだ。

 

少年の見遣るは少女鳥雲に 中村草田男

 

東京・多摩川のほとりに住んで17年になる。拙宅の窓からも、何千という渡り鳥がいっせいに飛んでゆく姿が見えることもあり、壮観である。掲句、少年の初恋だろうか。気になって仕方がない少女がいる。その子を遠目に見ているだけで嬉しい、そんな弾む思いを胸に秘めている。まさに秋に渡ってきた鳥たちが春の到来とともにまた北を目指し帰っていく頃。少年もまた少しずつ大人へと成長してゆくのだろう。

 

 点Aと点Bの距離鳥雲に 高木美貴子

  

一方こちらの句は、春の情趣とは一見離れ、算数か数学の問題を解いている様子だろうか。我が子が試験勉強をしている姿を捉えた母の句かもしれない。その姿にかつての自分を重ね、青春の日々とはこんな風にひたすら現実と格闘する日々だったかもしれないと思いを馳せる。鳥が大空を渡っていく姿もまた、未来に向かって必死に生きる、力強くも悠然とした姿なのである。 (亜)